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【シリーズ:挑戦 Vol.3】野本建吾「9割の苦しさの先にある1割の喜びを求めて――短いプレータイムに全力を懸ける理由」

コートに立てる時間に、すべてを注ぎ込む
野本建吾はいつも全力だ。
主戦場はアメリカやヨーロッパでならした海外出身選手がひしめくペイントエリア。コートに立てる時間は決して潤沢ではない。そのことを知っているからこそ、一瞬にすべてを捧げるかのごとく、走り、跳び、身体をぶつける。
「”ザ・真面目”。役割にどれだけ徹するか、みたいなところで生きている人間」
桶谷大ヘッドコーチはそのように野本を評し、「彼がいるから若い選手たちは気持ちよく仕事ができるんじゃないかと思う」と話していた。
スクリーン、ボックスアウト、クリアアウト。Bリーグの日本人ビッグマンは現在、他の選手たちの活躍を演出する”黒子役”を求められることが多い。201cmの長身と高い身体能力を持ち、学生時代は2~30得点も珍しくない大型スコアラーとして名を馳せた野本も例外ではなかった。ロールプレーヤーへの転身を受け入れ、その役割に全力を投じてきたからこそ、34歳の今もプロとしてコートに立っている。
コミュニケーションも仕事のうち。自分にしかできない細やかな気遣い
「日本人ビッグマンは気遣いができないときついっす」
そう言う野本の献身ぶりは、試合やプレー以外のところにも発揮されている。
野本は練習中やその前後、実に多くの人たちに話しかける。年の近い選手だけでなく、若手、新加入選手、外国人、スタッフ、さらには社長まで、人懐っこい笑みとともにありとあらゆる人と言葉を交わすのだ。
「単に絡みたがりだからというのもあるんですけど、楽しい雰囲気を作って、お互いに良い関係を築いて良い仕事につなげていくことが大事だとは思っています。(篠山)竜青さんはいろいろ考えることが多いだろうから、他愛のないことを話して気分転換させられたらいいなと思っているし、ハセさん(長谷川技)とたまにバスケの話をするとすごく勉強になるし。年を重ねて、『やりたいこと』でなく『求められていること』『自分がやれること』をきちんと考えてやっていかなければいけない立場にもなってきているし、コミュニケーションをとることは他の人にはできない、自分にしかできない部分でもあると思っています」
チームメートたちとの会話は、自身がやるべきことのヒントにもなる。この選手はこんなプレーをしたがっている。あの選手は今こんな課題に向き合っている。そういった情報をもとに、自分が彼らのために何ができるかと考え、プレーを細かく調整していく。
「例えば秀成(U18 川崎ブレイブサンダース所属、トップチーム練習参加中の高橋秀成)はスコアリングガードとしてコートを支配しつつ自分でも点を取りに行くことを考えているので、どうやって点を取らせてあげられるだろうか、みたいなことを考えたり。あとは同じポジションに外国人選手が多いので、試合の大事な時にコミュニケーションが取れなくて困ることがないよう、練習やオフコートから彼らが何をしたがっているかを知っておくことは意識しています。『去年どういう感じでプレーしてたの?』とか『どういうプレーが好きなの?』とか『ここ分からない?』とか『お前リバウンド強いな』とか」
「バスケが嫌だ」と思う朝――プロフェッショナルがゆえの苦しさ
チームのために自分ができることを考え抜き、やり抜く。プロフェッショナルの鑑とも言えるマインドに感心しながら話を聞いていると、野本は耳を疑うような言葉を口にした。
「……でもまぁ、朝起きて練習行くときとかは『バスケするの嫌だな』って思ったりするんです。練習に入っちゃえば全然そんなことは考えないんですけど」
エリートキャリアの中で厳しい指導を受けてきた野本は、自身に思い描く理想像が非常に高い。さらに「役割を果たさなければ」という責任感の強さゆえに、それができない自分を想像するだけで胃に込み上げてくるものがあるという。
「完璧主義なところもあるし、自分のポジションは細かいところでいかにミスなくやれるかが大事なので、ちょっとでもプレーがズレただけで『チームの迷惑になっている』って考えてしまう。だから試合どころか練習からすごい緊張しちゃって、気持ちが悪くなることもあります」
プロバスケットボール選手。ほんの一つかみの人間しかなれないその職業に誰もが夢を見、どれほど華やかで充実した日々を送っているのだろうと想像する。しかし野本は「僕だけでなく優勝を目指すチームの選手のほとんどは、たぶん『楽しい』という気持ちだけではバスケをやっていないと思います」と言った。
「バスケで一番楽しいのはやっぱりシュートを決めることだし、そこが選手としての一番の評価基準でもあると思います。でも僕も含めてそこにプライオリティを置けない選手もいて、そういう選手はシュート以外のプレーを率先してやらないといけない。楽しめないというか、つらいなと思うことは当然ありますし、プレーがうまく表現できない時も当然つらいです」
9割のつらさを越えて。「自分を信じて受け入れる」プロの矜持
報酬という対価を得る以上、どれだけ夢にあふれた職業であっても「自分のやりたいこと」をひたすらに続けられる人などほとんどいないということは、社会生活を営んだことのある者ならばなんとなく理解できることだろう。大きな失敗をして逃げ出したくなったり、そもそも仕事に行きたくないと思ったりしながらも、私たちは働き、生きるというサイクルの中にいる。
プレータイムは多くない。シュートを打つチャンスはさらに限られる。ただ「頑張ってきたことが1割でも出せたときの達成感はたまらないものがある」と野本は言う。
「9割はつらいけど、そういうやり方を自分は求めてきたんで。それにやっぱりプレーオフに出て、優勝したい。どんなつらいことがあってもそこを目指そうと思えたら頑張ろうと思えるんです。去年は目標らしい目標がなくて、何を目指していいのかが分からなかったけど、今年は賢次さん(佐藤賢次GM)が『プレーオフに出る』『40勝を目指す』という明確な目標を立ててくれた。成功も失敗も色々あるけれど、目標があるならそこに向かってもう日々頑張るしかない、って思えます」
桶谷HCから求められている役割は、短い時間でエナジーを発揮すること。黒子役であることに変わりはないが、今までにない期待感に心が躍っている。
少ないチャンスを生かす。求められている役割に全力を捧げながら自分を表現する。
バスケットボールが仕事になって以来、野本はずっと同じことに挑み続けてきた。
「僕の『挑戦』って、どんなことがあっても受け入れる、みたいなことなのかもしれないですね。自分が必死にやってきた結果が良いものであっても良くないものであっても、自分自身を信じて受け入れることがやっぱ大事。やっぱり楽しいことばっかじゃないんで、いかに自分を信じ続けてやり切れるかが大事なのかなと思います」
鏡の前でスイッチを切り替え、今日も練習場へ
起床からクラブハウスに向かうまでの道のりは、たいてい憂鬱だ。食堂で朝食をとり、シャワーを浴びるところから徐々にスイッチを入れ替えていく。
髪をセットする。化粧水で顔を潤す。コンタクトレンズを入れる。練習着に腕を通す。
プロとしてプレーできる残りの時間は、そう多くない。誰もができるわけではない仕事をしていることの幸運を噛み締め、高みを目指すという使命を再認識する。
(よし、今日も頑張ろう)
そう自分に言い聞かせて、野本は練習場へ向かう。
文:青木美帆
プロフィール
野本建吾
1992年生まれ。兵庫県出身。父の影響で小学4年生から競技を始め、北陸高校3年時にチーム初のウインターカップ優勝を達成。青山学院大を経て2015-16シーズンに東芝(チームの前身)に加入し、2018-19シーズンより秋田ノーザンハピネッツ、2021-22シーズンより群馬クレインサンダーズでプレーの後、2025-26シーズンより川崎に復帰。201cm103kg。
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